2018年4月28日土曜日

満足のライン

めちゃくそに気分の落ち込むどんよりとした冬景色も去り
ブルターニュにも春がやってきました。
私は大学院の論文に正直心が折れる寸前です。
今日はそんな私の第二言語の話。


長く海外生活をしていると「もうだいぶペラペラなんだろ?」と言われることがよくあるのですが、個人的には今も自分のフランス語は初等の域を出ていないなと思う時がしばしばあります。それは母国語ではない言語を話す人間の性みたいなものなのだろうと思っていたり、自分の自信のなさの表れなのかなと思ったり。
私にはフランス語を一年で初等レベルからビジネスレベルまで磨き上げた友人や、留学無しで驚くほどきちんと第二言語を理解する友人がいるので、言語学習能力に個人差のあることは確かだと思ってはいるのですが、自分自身や今までの出会いを振り返る限り、そういった言語に強い人はマレだろうなという印象もあります。ちなみに私は言語能力あまり高くない方だと思います。コミュニケーション取るのが苦手なので能力値上げる場が必然的に少なくなっているのもあるのですが。
しかしどんなことにも言えるのですが、元々の能力を補う行為は努力しかなく、つまりは言語習得も努力による学習の継続が結局一番大事になったりするもので、しかしこの努力で目指す域はこれまた人それぞれだったりするものです。人によってはそれは日常生活に支障をきたさない程度であるし、ある別の人にとっては研究者として論文が問題なく書けた上でそれを口頭でも説明できるレベルだったりするわけです。この目標と自身の現状との差がどれぐらいかによってたぶん自分に対する評価が変わるのでしょうなあと最近はよく思います。私自身は現状立場的に論文書けないといけないのですが、加えて生活の面でもなるべく問題のない意思疎通が必要でして、そのせいもあって全くもって言語に対する自信がなく、自信がないせいで初歩的なことにも不安になり、いちいち人に聞いたり、自信のないせいで喋りでやたら緊張してしまって結果としてよくわからないフランス語を話すということがしょっちゅうあります。そういう失敗が重なってまた凹み、凹みが自信をさらに失わせるという負の連鎖が留学生のうつの始まりですので皆気を付けようね、私両脚突っ込んでますけど。

第二言語ってなんでしょうね。
母国語っていうのは本当に驚くほど理解できる言語なんだなと別の言語で人と会話すると思います。例えば「やばい」が「やばげ」「やばば」「やばんば」ないしは「やんごとなさすぎマックス」とか言ってオリジナルな活用で表現されてもだいたい理解できるのが母国語ですけど、第二言語でそんなことやられると理解に一呼吸必要になることがしばしばあります。いやさすがにやんごとなさすぎマックスは母国語でも理解に苦しいか。
閑話休題。
人には言葉遣いの癖がそれぞれあると思うのですが、それが第二言語学習者に重くのしかかることがしばしばあります。文法も語彙力も問題ない人が現地人の使う言語に対応できないということがよくあるのですが、それはそういった癖のあるせいです。私は小説なんか書くとよく人から「お前の文章かなり癖あるな」と言われます。あと日本語勉強中のフランス人と話すとだいたい「青ヰさんの日本語むずかしー!!」と言われるのですごく平坦な日本語で話しかけるようしていたりします。そういった辞書や参考書だけでは補えない言語の壁は、実際に現地に行くか翻訳作業をとにかく大量にこなす、言ってみれば生の言語の習得をしないと越えづらい。言語における癖というのは、使う単語や言い回し、またその音一つ一つに本人が抱く概念の微妙な差のあらわれによって起こる、と個人的には思っているのですが、そういう差異を「わかんないこと喋るやつが悪い」で済ますと一生理解し合えないので、第二言語、凹んでも卑屈にはなっちゃダメだなと、いやほんと、つまるところ今日のこの日記まじで自己嫌悪7割のアレですんでアレがアレしてアレしといてくださいってことですよ、これグーグル翻訳じゃ訳せないだろうな……。

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